真・女神転生IV FINAL(ファイナル)

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2016 March 25真4Fと神話世界への旅

塩田信之の真4Fと神話世界への旅
補遺編2 メフィストと悪魔を召喚する魔法使い

ゲーテの戯曲『ファウスト』

ファウスト博士の物語は16世紀後半には戯曲になっています。イギリスの劇作家として、シェイクスピアに先んじて活躍していたクリストファー・マーロウの『フォースタス博士』が有名です。同作品は1592年に発表された悲劇で、上記の教訓説話的なファウスト物語を下敷きにしてその筋を追いながらも、「知識を求めた末に悪魔を呼び出す」詐欺師的人物像とは程遠い性格になっています。ちなみにシェイクスピアが1602年に発表した『ウィンザーの陽気な女房たち』という喜劇には「このメフィストフェレスめ!」や「3人のファウスト博士」といったセリフが侮蔑表現として使用されています。

ゲーテの『ファウスト』は二部構成の第一部が1808年に発表され、第二部は死後1833年になって発表されています。ゲーテの生い立ちを伝えるテキストの多くに、幼少期に『ファウスト』の人形芝居(『フォースタス博士』を元にしたもの)を度々見ていたことが執筆動機になったとあるように、生涯に渡ってファウスト博士の物語に格別な親近感を持っていたようです。

二部構成の戯曲は教訓説話的な「ファウスト伝説」から要素は拾っているものの、筋立てや結末も大きく改変しています。第一部は信仰心厚かったファウスト博士が、黒い「むく犬」に化けて現れたメフィストフェレスに誘惑され契約を行うと、従者となった悪魔に好みの女性を我が物にする手伝いをさせます。街で見かけたマルガレーテ(愛称はグレートヘン)という無垢な若い女性を見初めてファウスト博士に夢中になるよう仕向けた後、邪魔となる母親に眠り薬と称した毒を服ませて逢瀬を重ねます。悪魔の所業を見とがめたグレートヘンの兄はメフィストフェレスが殺害し、気がふれたグレートヘンは産んだ子を殺害して牢獄に入れられてしまいます。メフィストフェレスの誘いで魔女たちの宴「ワルプルギスの夜」に参加していたファウスト博士は、乱痴気騒ぎの中グレートヘンを思い出し、救い出すため牢獄に向かいますが、拒絶され絶望することになります。

グレートヘンにはゲーテ自身が大学生時代に交際した後一方的に交際を絶ったフリーデリケという女性が投影されているのですが、ファウスト博士にも自身を投影したことは間違いないところでしょう。フリーデリケを捨てたことに対する自責の念が、牢獄から助け出そうとする形で物語に反映されたともいわれています。第一部の原型となる『初稿ファウスト』の執筆は1774年に発表された『若きウェルテルの悩み』の直後からとされています。

晩年になってゲーテは第二部執筆を再開します。恋人の死によって気力を失ったファウストが妖精たちの住む山中で眠りから覚めたところから物語は再び始まり、「ファウスト伝説」にもあるように神聖ローマ皇帝に面会して過去の人間をよみがえらせる魔法を行います。皇帝が望んだのは、ギリシア神話「トロイア戦争」の中心人物パリス王子と美女ヘレネだったのですが、ファウスト博士自身がヘレネに心を奪われてしまい、ヘレネを求めてギリシア神話の世界へと赴くことになります。ヘレネとの関係も結局は悲劇に終わるのですが、元の世界に戻った後は神聖ローマ帝国の戦争に協力したり、皇帝から褒美として賜った土地に宮殿を建てて王侯のごとく暮らした末、盲目となり自らの死を迎えることになります。

「ファウスト伝説」にもギリシア神話の世界へ赴くエピソードはあるのですが、そこではメフィストフェレスの見せた幻ということになっています。最後に悪魔の手にかかって死んでその魂が囚われるくだりについては、誘惑によって堕落させたはずのファウスト博士が幸福の内に死を迎えたため天使たちによって魂を連れ去ることが阻止される伝説とは真逆と言っていい結末となるのです。

筋立ての改変意図についてはこのコラムでは触れませんが、『神話世界への旅』と題したこのコラムにぴったりの題材だということについて触れないわけにはいきません。『ファウスト』は「詩劇」と呼ばれているように全体が詩によって構成されています。劇のセリフひとつひとつが韻文でできているわけですが、ゲーテがあえてこうしたスタイルをとったのも、古典である「ギリシア悲劇」に対する憧憬に近い敬意のあらわれだったのかもしれません。