2016 February 12真4Fと神話世界への旅
塩田信之の真4Fと神話世界への旅
第16回 シェーシャと世界竜神話
世界を生む竜、囲む龍
神話における竜を見ていくと、ドラゴンのように恐ろしい存在であるだけでなく、地母神として信仰対象となっていることがあります。「第5回 メデューサとギリシア神話」で怪物を産む地母神について触れましたが、地母神も子供たち同様に怪物の姿をしていると解釈されることがあるのです。
「第11回 人類の誕生と神々の誕生」で少し紹介したバビロニアの地母神ティアマトは、『メガテン』における邪龍「キングー」ら怪物たちの母親であると同時に、その死体が切り分けられて天地の材料となるまさに大地そのものともいえる女神です。ティアマトの外見が竜であるとする原典は(少なくとも今のところ)存在しないのですが、この創世神話『エヌマ・エリシュ』が発見されたことが発表された当時から「ティアマトはドラゴンである」と広く受け取られていたようで、その根底には恐らくキリスト教文化を背景とする思い込みがあったものと思われます。
同じような例としては、「第9回 トウテツと中国神話」で触れた、ティアマトと同じように死体から世界ができた「盤古」がいます。「巨人」として知られている盤古は一般的には男性と考えられていますが、この創世神話を伝える書物(『三五歴記』、『述異記』等)に盤古の外見に関する具体的な描写はないため、性別はおろか人間の姿をしていたのかどうかもさだかではありません。
また、神話には「世界を囲む龍」も存在します。これは世界が「地球という惑星の上にある」という概念が知られていない頃に想像された「世界の成り立ち」のイメージで、「世界の果て」がどうなっているのかという疑問と密接な関係にあります。自分たちの住む陸地の外側に海が広がっているところまでは比較的容易に確かめることができますが、その先がどうなっているのかまではそうそうわかりません。古代の人々は、いわゆる「地球平面説」と呼ばれるさまざまな世界を想像し、そのひとつに「巨大な蛇が世界を囲んでいる姿」があったのです。
よく知られているところでは北欧神話における人間たちの住む世界「ミッドガルド」を囲む「ヨルムンガンド」がいます。ヨルムンガンドは「トリックスター神ロキ」が女性の巨人「アングルボザ」との間にもうけた巨大な毒蛇で、怪物「フェンリル」や死の女神「ヘル」とは兄弟姉妹の関係にあります。世界ができた当初から世界を囲んでいたのではなく、オーディンによって海に捨てられた後に世界を囲むほど成長したという物語になりますが、ここでは、アングルボザを地母神とする神話的共通要素があります。
世界を囲む蛇としてもうひとつよく知られているのが古代インドで考えられていたとされる宇宙観で、須弥山を中心とした平面世界の円盤が巨大な複数の象の背中に乗っており、象たちはさらに巨大な亀の上に乗っているというもので、さらに上下にくくったヒモのように巨大なコブラが取り囲んでいる、というイメージです。
これを表した図はさまざまな本にも載っているのでけっこうよく知られているのですが、実のところインド神話の聖典とされる書物にはそのような記述は見られなかったりします。確かにインド神話には世界の創世に関わる巨大な蛇や、ヴィシュヌの化身とされる亀がいるので「古代インドの宇宙観」として見せられれば「そうなのかもしれない」と思わせるだけのもっともらしさがあるのですが、現実には近代のヨーロッパで作られた概念のようです。亀と蛇の関係性などは中国の「玄武」にも似ていますし、「オリエント世界の原始的宇宙観」として捏造されたものと考えていいものでしょう。