2016 February 26真4Fと神話世界への旅
塩田信之の真4Fと神話世界への旅
最終回 神話と歴史
多くの神話では、雷神に代わる新しい主神として太陽神もしくは豊穣神が台頭するようになります。その背景には、文明的な成長と宗教の発達があるのは間違いのないところでしょう。治水や集落の建築技術が向上することで洪水の被害はある程度抑えられるようになって、雷神の脅威は低下します。農耕を基盤とした生活は、安定した収穫をもたらす太陽神や豊穣神を信仰する宗教として発達していったことでしょう。宗教が進歩すると、崇める神を称える儀式に伴う形で神話もまた発達していきます。現代に伝わる神話の中でも「原初的」とされるものには、この段階のものが文書化されているものと考えられます。
人間社会が大きくなっていくと、指導者の力も増していく必要が生じます。古代社会では宗教上の指導者が政治的権力も併せ持つ場合が多く、権力者は神と同一視されるか神の縁者になろうとします。その要望を叶えるために、権力者自身を英雄として神話に登場させたり、神を配偶者とする神聖な結婚を行うなど、それまでの神話を恣意的に変化させる必要が出てきます。先に挙げた日本神話の例はこの段階にあって、権力者による恣意的な変化が反映されたものが『古事記』あるいは『日本書紀』となったわけです。
神話の誕生から、それが文書化される段階までをひとつのモデルケースとして考えてみたわけですが、私自身は恐らくこの文書化の時点で、もうひとつ大きな変化があったのではないかと考えています。
初期状態の神話は、個別の神ごとに独立していたり、エピソードごとに都合よく作られていたりして、体系的な神話作りはされていなかったものと思われます。そうしたバラバラな神話群を文書としてまとめるにあたって、相互の矛盾を解消したり、複数の物語をひとつの連続した物語にするなどさまざまな「改良」が加えられたはずです。権力者の「改変指示」とも齟齬が発生しないよう気を付けなければならないなど、けっこうな苦労を伴う作業と思われますが、そんな甲斐もあって完成した『神話』に「エンターテインメント性」が増したのではないでしょうか。これはあくまでも神話の「想像上の歴史」ということになりますが、神話を物語として読むのとはまた違った楽しみ方のひとつだと考えています。