2016 January 08真4Fと神話世界への旅
塩田信之の真4Fと神話世界への旅
第11回 人類の誕生と神々の誕生
古代に起こった大洪水
大洪水が起こって人類がほぼ絶滅状態となる神話は世界各地にあります。地層などの調査からそうした伝説の元になった洪水が実際に起こっていた形跡も発見されているのですが、神話に描かれる地球規模の災害とはいえない極地的なものが多く、時期も原因も特定することは難しいようです。
大洪水を神話として伝える最初の文書は、世界四大文明の中でもっとも古いとされる「メソポタミア文明」における最古の文明「シュメール」にまで遡ることができます。シュメール文明は紀元前3500年ごろから都市国家を形成したようで、「ウルク」という現在のイラク南部にあった都市を中心に王朝がつくられました。メソポタミア文明(オリエント神話)でもっとも有名な神話といえる『ギルガメシュ叙事詩』の主人公ギルガメシュは大洪水後に再興されたウルク第一王朝の五代目の王として実在した人物がモデルとされています。
シュメール文明自体は紀元前2350年には、北方から来たアッカドに支配されてしまうのですが、シュメールの文化の多くは受け継がれ楔形文字で粘土板に刻まれた神話もアッカド語に翻訳された形で残りました。現在いわゆる『ギルガメシュ叙事詩』として知られている文書はアッカド語版で、シュメール時代バラバラに作られた「ギルガメシュ讃歌群」をひとつの物語として編纂し直されたものです。この『ギルガメシュ叙事詩』に、大洪水を生き延びたウトナピシュテムという人物が登場し、回想として洪水の様子が語られています。その様子が『聖書』のノアの物語とよく似ているため、ウトナピシュテムがノアの原形だったと考えられているわけです。
ところで、そのメソポタミアの神話で人類誕生はどのように描かれているのでしょうか。アッカド神話には『エヌマ・エリシュ』と呼ばれる創世神話があって、そこではバビロニアで信仰されていたマルドゥークという神が、地母神にあたるティアマトと戦ってこれを倒し、その死骸から天地を作り上げる様子が描かれています。人間はティアマトの死後生き残っていた息子のキングーを殺害し、その血から作られるのですが、それは神々の下働きにするためでした。
メソポタミアの神話は『聖書』だけでなくヨーロッパにも伝わりギリシアやローマ神話にも影響したと考えられ、ギリシア神話を見てみるとやはり大洪水のエピソードが存在します。
ギリシアでもやはり人類誕生神話と大洪水は深く結びついているのですが、ギリシアの場合人類誕生前に4つの種族が栄えた歴史があります。最初に黄金の種族という神に近い種族がいましたがゼウスによって精霊に変えられ、その次の銀の種族はゼウスの怒りによって滅亡、トネリコから生まれた青銅の種族は好戦的で戦いによって自滅します。4番目が神と人間の間に生まれた半神的な英雄たちの活躍した「トロイア戦争」の起こる時代です。青銅の種族が戦争を続けることに怒ったゼウスが大雨を降らせて洪水を引き起こすわけですが、プロメテウスの息子デウカリオンと、パンドラの娘ピュラの夫婦が生き残り、4番目の種族である英雄たちの祖先となりました。5番目にあたる現在の人類もこの時に生まれることになるのですが、これはデウカリオンとピュラが洪水を生き延びた後、ゼウスの教えに従って肩越しに石を投げると、デウカリオンの石が人間の男性に、ピュラの石が人間の女性になったとされています。
北欧神話では、主神であるオーディンと、その兄弟ヴィリとヴェーが創世を行います。オーディンたちよりも先に虚無の世界に生まれたユミルという巨人と、ユミルから生まれた霜の巨人と呼ばれる種族が生まれていたのですが、オーディンたちがユミルを殺害しその血によって洪水が発生し、霜の巨人たちが滅亡しかけます。ユミルの死骸は各部を切り裂かれ世界創造の部品となるのですが、このあたりは中国の盤古やメソポタミアのティアマトとも共通する要素です。また、血の洪水を生き延びた霜の巨人の夫婦がいて、このふたりはヨツンヘイムと呼ばれる場所に移り住んで、そこで新しい霜の巨人の国を作り上げることになります。その後オーディンたちは流れてきたトネリコの木から人間の男性アスクを作り、ニレの木から女性エンブラを作ったとされています。
なお、ゲルマン神話として北欧神話と同様の原形から発展したと考えられるケルト神話には、いわゆる創世神話が残っていません。また、世界四大文明のひとつであるエジプトにも、創世神話は断片的な記述しか見つかっていないようです。
さてここまで見てきて、世界四大文明はインダス文明を残すのみとなりました。インダス文明における記録は乏しいため、インドで現代に至るヴェーダ文献やヒンドゥー教に基づいた神話で比較することになります。時代や文献によって創世神話にも複数のパターンがあるのですが、現代まで広く支持されているものはヴィシュヌが中心となる「乳海攪拌」による世界創造です。
もともとは乳海ではなくただの海だったのですが、神々が不老不死の霊薬とされる「アムリタ」を作るため、シェーシャあるいはアナンタ竜がマンダラ山を引き抜いてそれを棒にしてかき混ぜました。マンダラ山は、ヴィシュヌの化身とされる巨大な亀クールマに乗せられ、攪拌するための道具として巨大な竜ヴァスキを巻きつけています。ヴァスキの尻尾を神々が引っ張り、頭側を敵対するアスラたちが引っ張ったわけですが、そのおかげで山にいた動植物が絞り潰されて海に流れ込んで乳海と化しました。攪拌を続けていくと、海から太陽や月をはじめにさまざまな神々や動物等が現れて世界が作られていくことになります。
乳海攪拌とはまた別の伝承になりますが、洪水と人類の祖先にもヴィシュヌが関わっています。ここにもメソポタミアのそれに近い洪水伝説があるのですが、ノアやウトナピシュティムのように洪水を生き延びるマヌという人物に警告を行い舟を作らせるのがヴィシュヌの化身とされる魚マツヤの役割になります。この神話では生き残ったのが男性ひとりなのですが、マヌが苦行と神への祭祀を続けると一年後に水中から女性が現れたと伝えられています。世界創造も人類誕生も、共通する要素はあっても独自色の強い形になっているのはインド神話ならではの特徴といえるでしょう。