真・女神転生IV FINAL(ファイナル)

TOPICS

2016 January 15真4Fと神話世界への旅

塩田信之の真4Fと神話世界への旅
第12回 ナパイアと妖精伝説

中世騎士物語からルネサンス芸術へ

妖精といえば、イギリスやドイツなどヨーロッパの民間伝承に語られることの多い神秘的な存在です。ヨーロッパ一帯には「第7回 オーディンとゲルマンの神々」でも触れた通り、ケルトや北欧神話に繋がるゲルマン人の信仰が古代にありましたが、ゲルマン人の到来以前である旧石器時代から自然崇拝を基礎とする信仰があったものと考えられています。さまざまな自然現象や自然物に神あるいは精霊が宿るといった考え方は日本の八百万の神やアメリカ原住民のトーテム信仰とも共通するもので、そこから発展してゲルマン神話的な英雄伝説を取り入れたケルト神話には、数多くの「神と人の間」に位置する妖精たちが登場します。
 
 クー・フーリンやフィン・マックールといった、アイルランドのケルト神話を代表する英雄たちは、太陽神ルーやヌアザといった神の息子や孫とされる半神ともいえる存在です。恐らくは実在した王をモデルに、物語的に大幅な脚色を施したものが神話となったものと推測できますが、ギリシア神話におけるヘラクレスを代表とする英雄物語からの影響も感じさせます。こうした英雄たちも、「妖精」でした。
 ヨーロッパ全土を塗り替えていったキリスト教文化によって、古くから伝わる物語が変化していくことになるのですが、クー・フーリンたちのような英雄の物語は、中世期に「騎士物語」に姿を変えていったものと思われます。そのもっとも有名な例が、いわゆる「アーサー王伝説」です。魔法の剣エクスカリバーを使えるただひとりの「約束された王」であるアーサーは、湖の精霊ともされる妖精ヴィヴィアンからエクスカリバーを授かります。ヴィヴィアンには円卓の騎士のひとりランスロットの守護者あるいは養母という側面があったり、やはり円卓の騎士のひとりであるペレアスと結婚するエピソードがあり、ギリシアのニンフたちに通じる性格を持っています。また、アーサーの異父姉モーガン・ル・フェイもその名前が「妖精モルガン」を意味している通りニンフに近い存在であり、ケルト神話における運命の三女神のひとりでクー・フーリンに恋をしたモリガンと同一であるともされます。

姿を変えてキリスト教世界を生き延びてきた妖精たちは、中世の終わる頃ヨーロッパ全体に広まった「古典復興運動」=「ルネサンス」によってふたたび脚光を浴びることになります。キリスト教の腐敗が進み、宗教改革が進められようとしていたこの時代、古典文化に回帰するという意味で古代ギリシアやローマの文化がもてはやされました。絵画や彫刻、演劇などの芸術作品にそうした古い時代の題材が取り上げられ、妖精たちもそんな主題のひとつとなったのです。
 イギリス・ルネサンス演劇を代表する劇作家ウィリアム・シェイクスピアも、そんな「妖精たちの復権」の立役者のひとりです。『ハムレット』や『マクベス』、『ロミオとジュリエット』に『ヴェニスの商人』などとともに古典時代そのものを描いた『ジュリアス・シーザー』も書いたシェイクスピアには、『夏の夜の夢』と『テンペスト(あらし)』という妖精たちの登場する作品があります。前者には妖精王オベロンとその妃ティターニア、いたずら好きの妖精パックあるいはロビン・グッドフェローが登場し、その物語自体が『真・女神転生II』の一部シナリオモチーフにも使われています。後者には魔術師プロスペローが使役する存在として空気の精エアリエルが登場し、海のニンフに変身したりもしています。
 シェイクスピアはプルタルコスの『英雄伝』や、前述したオウィディウスの『変身物語』などから影響を受けていたことで知られており、描いた妖精たちの描写にはギリシア神話のニンフを思わせる要素がいくつも見られます。ご存知の通りシェイクスピア文学は広く世界に知られていくわけですが、それに伴って妖精たちの存在が知られるようになります。妖精たちが本当にいると信じた人も多かったようで、イギリスでは「シャーロック・ホームズ」の生みの親である作家アーサー・コナン・ドイルがその写真を「本物」と断定し関連した本も出版したことで知られる、「偽造された妖精の写真」によって巻き起こった「コティングリー妖精事件」も1916年に起こっています。現代ではさすがに妖精の実在を本当に信じている人は少ないようですが、イギリスあたりでは「妖精の実在を信じる」ことを楽しむ風潮があるようです。