真・女神転生IV FINAL(ファイナル)

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2016 February 05真4Fと神話世界への旅

塩田信之の真4Fと神話世界への旅
第15回 テンカイと江戸曼荼羅

こんにちは、塩田信之です。毎週、『真・女神転生IV FINAL』に関係するふたつのキーワードをとりあげ、そのルーツや現代に及ぼしている要素などを深く掘り下げていくことで、『真・女神転生IV FINAL』の面白さを解読していきます。開発スタッフの談話や制作メモなどから、シナリオや設定にまつわるさまざまなこぼれ話も紹介する予定です。


第15回 テンカイと江戸曼荼羅

歴史上実在した人物の神話化

このコラムはさまざまな神話を、それが成立した背景としての歴史と合わせて見ていこうという意識でおおむね書き進めています。現在一般的に「神話」と呼ばれている物語はたいていが非常に古い時代にできたものなので、歴史についても「古代」や「上代」と呼ばれる頃に注目することが多くなります。

神話とされている物語は、まだその文明に文字があるかどうかという原始的な時代から人々の間に語り継がれてきたものを、文字ができた後に文書としてまとめられたものが多く、日本ではそれが『古事記』や『日本書紀』といったものになりました。『古事記』が完成したとされているのは西暦712年のことで、奈良に平城京があった「奈良時代」に当たります。日本には、このくらいまで神が現実にいた時代として「上代(じょうだい)」と呼んだりもします。文学的な言い回しなので、歴史の授業での時代区分にはあまり使われてはいないのですが。ちなみに、「神代(じんだい)」あるいは「神世(かみよ)」という言い方になると基本的には「天孫降臨」以前を指します。

『神話世界への旅』と銘打っている以上、古代史への言及が多くなるのは当然ではあると思います。時代が下っていけばいくほど、歴史の記録は精緻さを増すことになり、神話のようなある意味曖昧でいい加減な物語が成立しにくくなっていきます。
 例えば、奈良時代より前の「飛鳥時代」に活躍したとされる「聖徳太子」は、アマテラスやスサノオとかに比べると現実的な存在でかつては一万円札にもその肖像が印刷されていましたが、その伝説は多分に神話的でもあって、現在では「聖徳太子は架空の人物だった」という説の方が強くなっています。
 奈良時代に続く「平安時代」になると、神話的ともいえる陰陽師「安倍晴明」がいるかと思えば、大河ドラマの記憶も新しい「平清盛」もいます。安倍晴明はともかく、平清盛になると伝承に誇張はあるにしてもその実在を疑う余地はほぼなくなります。両親が誰でいつ生まれてどんな生涯を送ったのかもある程度はっきり記録されていますから、「実は神様の落とし種だからものすごい神通力が使えた」みたいな神話的誇張が成り立ちにくいのです。個別の伝承にそうした記述があったとしても、根拠やほかの文献の記述が確認されなければ、史実としては無視されてしまいます。

とはいえ、中世期以降に歴史上実在した人物でも神話的存在になることは幾例もあります。史実から伝説に変わっていく過程には、講談や演劇といったものが大きく関わってきて、民衆に好まれれば好まれるほど神話的なエピソードが付け加えられていくことになります。歴史的な記録も完璧ではないので、生まれた時や場所がわからないとか、親の名前が伝わっていないなどといったことは少なくないため、こういったところが推測や憶測、拡大解釈によって補完されていくことで「ミステリアスなスーパーヒーロー」になっていったりするわけです。