2015 December 18真4Fと神話世界への旅
塩田信之の真4Fと神話世界への旅
第9回 トウテツと中国神話
まとまりに欠ける中国神話
トウテツという存在ひとつについて見てみただけでも、どんな存在だったのかさまざまに見解が分かれているということに納得いただいたところで、中国の神話について見てみることにしましょう。
漢字が実用レベルに達した後の中国は、他の古代文明と比べると「執拗」といえそうなほど思想を文字化したり歴史の記録を残すようになります。これは国民性というべきか、アジアの広い地域に暮らす人々に共通した性質によるもので、恐らくは漢字の成立以前の甲骨文字等を使用していた頃も本来記録はたくさんあったものの時間の流れによって劣化・消失してしまっただけと思われます。
ところが、これまた国民性というべきか残っている記録は「歴史的」なものが多く、ファンタジックな「神話」は少ない傾向があります。中国の国民性の根元には孔子の創始した儒学(儒教)があって、祖先とその歴史を重んじ、先人の知識を尊ぶ姿勢が記録へのこだわりにも通じると思われますが、それが同時に記録の「現実性」を重視することにつながり、神話のファンタジックな要素は文字化せずプライベートな口承に残される形になっていったのでしょう。
「神話のない国」といった極端な言い方をされることもある中国ですが、実際にはその逆で非常に多くのバリエーションを持つ神話が伝わっています。ただしそれは民族、氏族単位のプライベートな口承文化にあって、日本神話等のように国家レベルでの系統化が行われませんでした。中国は主流とされる「漢族」のほかにさまざまな少数民族がいる多民族国家ですが、その少数民族それぞれに創世神話や洪水神話が伝わっています。
例えば創世神話であれば、「盤古(ばんこ)」という巨人がいてその死体から山などの地形ができたという神話は細かい部分のバリエーションこそあるものの広い範囲の氏族に伝わっています。左目から太陽、右目から月が生まれたといった下りはオリエントやヨーロッパの地母神信仰を思わせるだけでなく、冥界から帰ったイザナギが禊をして左目から太陽神アマテラスが、右目から月神ツクヨミ、鼻からスサノオが生まれたという日本神話とも共通しています。創世神話と洪水モチーフが一緒になったパターンも多く、フッキとジョカという洪水を生き延びた兄妹が夫婦となって人類の祖となる物語も原形のひとつで、いくつもの氏族にこれを元にした兄妹神の神話があります。これも日本のイザナギとイザナミ神話を思い出させるお話です。
氏族ごとの神話バリエーションで差が大きいこともありますが、中国を統一支配した皇帝たちは、これらの神話をまとめて「中国の神話」を作ることにあまり意欲的ではなかったようです。中国の有名な神話には「三皇五帝」と通称される商(殷)以前にいたとされる皇帝たちを神として伝えるものもあって、さきほどのフッキとジョカもそこに含まれるのですが、人間を超えた神的存在によるファンタジックな物語でありながら中国を統べる皇帝の正当性を伝える「現実的」な面も持ったもので、最大多数勢力である漢族に伝わったことで「中国神話」のスタンダードと目されるようになりました。この神話の成立過程は、「天孫降臨」した天津神が大和朝廷を作り皇室の祖となる日本神話にもよく似ています。