真・女神転生IV FINAL(ファイナル)

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2016 March 25真4Fと神話世界への旅

塩田信之の真4Fと神話世界への旅
補遺編2 メフィストと悪魔を召喚する魔法使い

 こんにちは、ライターの塩田信之です。『真・女神転生IV FINAL』発売前の情報公開と合わせて悪魔たちの登場する神話についても思い出してもらい、ゲームプレイに備えてもらおうということで始まった当神話コラムも、ゲーム発売とともに無事最終回を迎えました。その後ありがたいことにリクエストの声などもいただきまして、新たに発表されたDLCに合わせた追加分を行うこととなりました。2回分ではありますが、またお付き合いいただければ幸いです。


補遺編2 メフィストと悪魔を召喚する魔法使い

ファウスト博士と悪魔メフィストフェレス

悪魔と契約を交わして望みを実現させるが、代償として魂を差し出すことになり結局は不幸な目に遭う。そんな教訓めいた話が昔からよくあります。悪魔なんて現実にはいないと常識的に考えている現代でも、スポーツや芸術の世界などで非凡な才能を発揮した人を「悪魔に魂を売り渡して能力を獲得した」などと言ったりしますから、「悪魔との契約」という考え方が一般に広く浸透していることがわかります。

例えば、超絶技巧のヴァイオリニストとして知られる18世紀のニコロ・パガニーニやジュゼッペ・タルティーニは悪魔と契約することで常人ばなれしたテクニックを得たとされ、タルティーニの『悪魔のトリル』というヴァイオリン・ソナタは夢で悪魔の演奏を見たものを目覚めてすぐ譜面に起こしたと言われています。

現代において「悪魔に魂を売り渡した」という表現自体は、本当にそんなことがあったと信じていなくても卓越した能力を称賛したり、妬んだり嫌味を含めた言い方として使うことも多くあります。しかし、かつては誰もがそれを本当に起こり得ることとして信じていました。そんな時代をうかがうことができるのが、「悪魔メフィストフェレス」と契約した「ファウスト博士」の伝説です。

19世紀にドイツの詩人ゲーテが発表した戯曲『ファウスト』は、そんなファウスト博士を伝えるもっとも有名な作品です。そのため、ともすればファウスト博士や悪魔メフィストフェレスはゲーテが創造したキャラクターと思われてしまうことがあるのですが、この物語にはモデルとなった歴史上実在した人物がいるのです。

15・6世紀にヨーロッパ各地を巡ったとされ、あちこちに「ゆかりの地」が残るその人物は、ヨハネス(ヨハン)あるいはゲオルク・ファウストゥスの名前で記録があります。生誕の地はドイツ南西部のバーデン=ヴェルテンベルク州とされていますが同定はされておらず、生家とされる家があるクニットリンゲンの村やハイデルベルク(近郊の小村ヘルムシュタット=バーゲン)が候補地となっています。ファウスト博士が住んだとされる場所や、悪魔によって殺されたとされる場所はドイツのあちこちにあって、中にはファウスト博士と悪魔の銅像が建てられた観光スポットもあるのですから、その知名度の高さがうかがえます。

当時のドイツはその大半がローマ帝国から分裂した神聖ローマ帝国に含まれていましたが、世界史の授業でも習うマルティン・ルターの「宗教改革」が行われた時代でもあって、キリスト教自体が混乱状態にありました。聖職者の地位が金銭で売り渡される「聖職売買」や、現世の罪をいわゆる「免罪符」購入によって贖う「教会の腐敗」が横行して民衆の間で「罪」や「救い」に対する疑問がくすぶっていたことは、ファウスト博士という異端的、ともすればかつてヨーロッパにあった異教を思わせる存在がもてはやされる下地になっていたと思われます。

ファウスト博士がなぜ「博士」と呼ばれているのかは、この実在した人物が神学博士号を持っていると自称していたからで、当時の大学に記録がないことから経歴は詐称していたものと考えられています。記録からは実際に神秘主義的な知識を持っていたことが認められるため、ある程度学んでいた事実はあったのかもしれません。彼は各地を転々とし、さまざまな占いを行い口八丁手八丁で世を渡っていたようです。もっとも、彼と面会した聖職者の多くは「ほら吹き」で「口が上手いだけのインチキ」と手紙などに書いています。渡り歩いた土地の記録には追放されたとあったり、滞在許可が下りなかったとされていることからも件の人物の風評がうかがえますが、伝説と切り離した後世の評価としては詐欺師の類とされることが多いのです。

そんな怪しげな人物であるファウスト博士について、宗教改革の立役者であるマルティン・ルターも触れていて、「悪魔と繋がりのある魔法使い」と呼んだことから、彼は逆に有名になっていきます。以降ファウスト博士と会ったという人の話は魔法を使ったり悪魔を使役するなど大げさなものが多くなっていき、空を飛んだり本人を含む人間を動物などに変身させたりもできる「魔法使い」としての人物像が形成されます。恐らくは彼が生涯立ち寄ったことのない場所にも現れたことになっていきましたし、過去に起こった不思議な出来事を「実は彼のせいだった」と関連付けられていったようです。

いわゆる「都市伝説」として発展したファウスト博士の伝説には、民衆を押さえつけていたキリスト教権威に対するうっぷん晴らしの意味が含まれていたのでしょう。悪魔の存在が強調され、それを従わせる姿はまさに反キリスト教的でありながら、民衆に好まれ広く浸透していきました。彼が英雄視されていくことには教会側も対策せざるを得なかったものと思われます。ファウスト博士の伝説は集められ民衆本として親しまれるようになるのですが、そこに語られるファウスト博士の使う魔法は「いたずら」レベルのものが多く、最後には契約した悪魔によって無残に殺されてしまいます。実際のファウスト博士も謎の死を遂げた(死亡地を含め正確な記録は残ってはいませんが、錬金術の実験を行って爆死したなどとも言われています)とされていたため、「悪魔との契約」とその結果としての「悪魔による殺害」にも真実味が感じられたのでしょう。こうして教訓説話的な「ファウスト伝説」がまとまっていったものと思われます。