真・女神転生IV FINAL(ファイナル)

TOPICS

2016 January 22真4Fと神話世界への旅

塩田信之の真4Fと神話世界への旅
第13回 イナンナとオリエント神話

こんにちは、塩田信之です。毎週、『真・女神転生IV FINAL』に関係するふたつのキーワードをとりあげ、そのルーツや現代に及ぼしている要素などを深く掘り下げていくことで、『真・女神転生IV FINAL』の面白さを解読していきます。開発スタッフの談話や制作メモなどから、シナリオや設定にまつわるさまざまなこぼれ話も紹介する予定です。


第13回 イナンナとオリエント神話

楔形文字で書かれた世界で最古の神話

世界最古の文明とされる「シュメール文明」に伝わる「大洪水」の物語については「第11回 人類の誕生と神々の誕生」の回でも触れましたが、今回取り上げるイナンナはそのシュメールの神話に登場する女神です。大洪水のことが書かれている『ギルガメシュ叙事詩』にもイナンナは登場しています。
 第11回で書いたように、『ギルガメシュ叙事詩』は「シュメール文明」を受け継いだ「アッカド」の言葉に翻訳されたものがもっとも状態の良いまとまった文書として残っています。そこにはアッカドやバビロニア語に名前が置き換えられた神々がいて、イナンナは「イシュタル」となっています。メガテンファンならこの名前に聞き覚えがあると思いますが、『真・女神転生II』には「魔王アスタロト」を「魔神アシュター」と「地母神イシュタル」に分けるイベントがあって、『真・女神転生IV』にも「魔王アスタロト」を「豊穣の女神イシュタル」の姿に戻すというチャレンジクエストがありました。これは、シュメール起源の信仰が『旧約聖書』で「邪教」とされたことから、キリスト教文化でイシュタルはアスタロトという悪魔なのだと決めつけられたことに由来しています。

ここまで読んできて、シュメールだとかアッカド、バビロニアと、どこの国の神話なんだかわかりにくいと思われた方もいるかもしれません。そもそも、「オリエント神話」という言葉もなんだか曖昧な言い方です。「オリエント」という言葉は「東洋」とか「東方」といった意味ですが、それはこの言葉がどこで使われていたのかを意識しなければ意味を成さないのです。同じことは現代「オリエント」地域を「中東」「中近東」と呼んでいることにもいえるのですが、これは「ヨーロッパから見て東」ということになります。古代社会でいえば、「オリエント」という言葉がラテン語からきていることからもわかるように、「ローマから見て東」だったわけです。
 「オリエント」は対象となる地域も非常に広く、広義にはアジア全域から日本までも含みます。東欧やペルシャ、インドに中国だけでなく、古代エジプト文明も含めることがあったりします。そういう観点で見ると、シュメール起源の神話を「オリエント神話」と呼ぶのは的外れにも思えてきますが、これは慣習的にそう呼ばれているということと、やはりシュメール・アッカド・バビロニア等の同系統神話をひとくくりにする便利な言葉として使っています。それら地域の古代文明を総称する「メソポタミア文明」に合わせて「メソポタミア神話」と呼べばいいのかもしれませんし、実際そう呼ばれることもあるのですが、「オリエント神話」という言葉に比べると一般的に使われているとはいいにくい状況があります。

整理すると、シュメールやアッカド、バビロニアといった中東の古代文明は「世界四大文明」のひとつである「メソポタミア文明」に当たります。最初に興ったのが「シュメール人」の文明で、その地域に北からやってきた「アッカド人」が支配するようになり、「アッシリア」や「バビロニア」に分裂していったという歴史になります。シュメール人たちは「シュメール語」を使っていましたが、アッカド人たちはアッカド語を使っており、「イナンナ」が「イシュタル」に変化するような翻訳が行われたわけです。
 シュメール語もアッカド語も同じ「楔形文字」で粘土板に文書が作られました。先の尖った棒を粘土板に押し付けると、「楔(くさび)」に似た凹みを一定の形状で作ることができます。この凹みを組み合わせることで文字にしたのが「楔形文字」です。粘土板はそのままだと変形しやすいので、日干しにして固く乾いたものを保存しました。オリエント神話のように、軽く見積もっても4000年以上前の文書が現代まで残ったのはこうした保存形態のおかげですが、乾いた粘土板は脆くもあって、割れたり欠けたりしてるのは当たり前です。前述した『アッカド語版ギルガメシュ叙事詩』も、ところどころ失われたり判読不能な個所があって物語全体からすると半分ほどしか残っていません。欠けた個所は、同じ物語を記録したバビロニア時代やヒッタイト語の「写本」と呼べる粘土板から補っているのですが、それらは断片的なものも多く完全な形を再現することは現状不可能に近いと思われます。2011年に密輸業者から博物館が買い取った粘土板から、それまで発見されていた文書では欠けていた部分が見つかって話題になりましたが、全部で11ある粘土板のうちの「第五の書版」の一部で、発見自体意義深いものではあるものの「完全版」を再現するのはまだまだ目的地の見えない遠い道のりがありそうです。